三分でも、人の記憶に残る。
短い出会いの中にも、関係が続く理由がある。
博多駅で交わした三分にも満たない会話を思い出した。
その後、毎年ハガキが届く。
時間の長さと、記憶の深さは同じではない。
何を話したかより、どう向き合ったかが残ることがある。
人と接する仕事の中心には、技術より先にこの感覚がある。
今日は「三分でも、人の記憶に残る」ということを考えた。
書き留めておきたいのは、短い出会いの中にも、関係が続く理由があるという感覚だ。
頭の中だけに置いていると、考えた順番も、迷った場所も消えてしまう。
だから今日は、きれいな結論よりも、手を動かしたところと、その時に感じたことを残す。
ひとつずつ確かめてみると、問題は大きな出来事の中ではなく、小さな不便や引っかかりの中にあった。
見過ごさずに言葉へ置き換えると、自分が何を大切にしたいのかが少し見えやすくなる。
完成したと呼べる状態ではない。
それでも、今日ここまで考え、試し、直したことには意味がある。
今の自分に見えている範囲を、そのまま今日の記録として残しておく。
Jonathan + Elio
Fukuoka, Japan