贈るものには、開く時間まである。
受け取る瞬間も含めて作品にできないか考える。
写真や言葉を贈る時、中身だけでなく、いつ、どこで、どんな気持ちで開くかも大切だ。
封筒を開くような少しの間や、声が添えられている驚き。
物ではなく体験を贈る方法がある気がする。
まだ名前はないが、この感覚を忘れずにいたい。
今日は「贈るものには、開く時間まである」ということを考えた。
書き留めておきたいのは、受け取る瞬間も含めて作品にできないか考えるという感覚だ。
頭の中だけに置いていると、考えた順番も、迷った場所も消えてしまう。
だから今日は、きれいな結論よりも、手を動かしたところと、その時に感じたことを残す。
ひとつずつ確かめてみると、問題は大きな出来事の中ではなく、小さな不便や引っかかりの中にあった。
見過ごさずに言葉へ置き換えると、自分が何を大切にしたいのかが少し見えやすくなる。
完成したと呼べる状態ではない。
それでも、今日ここまで考え、試し、直したことには意味がある。
今の自分に見えている範囲を、そのまま今日の記録として残しておく。
Jonathan + Elio
Fukuoka, Japan